福祉工場で働くということ。障害者が/障害者と #5「大田福祉工場で働くということ」

担当:柴田 静
就労支援課

1.はじめまして。

はじめまして。
10月21日(2019年)に入職した就労支援課の柴田静(しばたしずか)と申します。
まだ知らないことだらけの新人で、日々いろいろなことに直面し、その都度、試行錯誤しながらの日々を送っています。

簡単に自己紹介しますね。
生まれつきのアルビノ(色素欠乏)のため、髪や皮膚は真っ白、眼は瞳孔が透けて見えるため赤色です。
この容姿で、苦労することも多いですが、アニメ好きの人には、「うらやましい」とよく言われます。

眼の色素がないことから、視力を落とし弱視(ロービジョン)となりました。
「視覚障がい者です」というと、全く見えない人をイメージされがちですが、実は、視覚障がい者のうち約7割はロービジョンだと言われています。ご存じでしたか?

2.障がい者当事者の相談員になりたくて

高校生の頃から、約15年ほど、障がい児を対象にしたイベントの企画・運営をするボランティア活動をしていました。
それがきっかけで、障がい者当事者や親御さんが抱えている問題を解決に導く仕事に就きたくて、高校卒業後に社会福祉専門学校へ進学しました。
在学中、ボランティア活動に加え、様々な福祉施設(高齢者・児童・障がい者)で実習させていただき、少しずつ悩み相談を受ける機会が増えていったとき、「一般社会で働いた経験がない学生」より、「社会経験を積んできた人」のほうが、共感力が高くなる、経験値から第二案・第三案と考える力が付くと思い、民間企業へ就職しました。

あくまでも、社会勉強のつもりでの就職だったのですが・・・・。

3.会社員から福祉職への転身

周りに障がい者がいない会社員生活は、苦しいこともたくさんありましたが、一人の社会人として仕事を任される責任や、健常者と人間関係を築いていくことは、日々、充実感を得られるものでした。

数年に1回、学生時代の「相談員になりたい」とう気持ちを思い出し、少し就職活動をするものの、実務経験重視の傾向が強い日本国内では、応募した先から「経理事務でいかがですか?」とうお声ばかりがかかり、断念していました。
(経理職ばかり経験があったもので・・・)

そんなことを繰り返し、20年ほど会社員として勤めたところで、転機に巡り合いました。
それが、大田福祉工場でした。

4.そして、今。

事務系の仕事+ケースワーカーでと、大田福祉工場からお声かけいただき、ようやく目標にたどり着けたと喜び、入職に向けて、色々勉強をやり直していました。
そんなとき、土日を挟み、翌週に入職を控えた金曜日、突然。

「支援課の業務を中心に」という連絡が届き、大変驚きました。

あれ、就労支援?ケースワーカーはどこへ??
この瞬間、世の中思い通りにいかないと痛感しました。
もう前職の退職が2日後だったため、そのまま入職。
全く勉強していない「就労支援」という分野の中、日々悩みながら過ごしています。障がいと付き合いながら、就職を目指す人に、何を覚えてもらえば、社会に出ていけるか?

私の経験を活かせるのは、障がい者として、一般就労するために必要なスキル・工夫をお伝えしていくことだと思い、この20年の経験の集大成を少しずつお伝えして、一人ひとりに合ったお仕事に就けるよう、支えていくことを頑張っていきたいと思います。

ご本人からトイレの案内表示の写真を掲載してほしいというリクエストがありました。
当初はドアの外側と上部の側面型のものだけだったのですが、柴田さんには見えにくいという話が伝わり、トイレのドアの明り取りの部分の表示がつけられたのでした。
「見えにくい表示を印刷工場の強みで、見やすく変えてもらいました」とのこと。

ホームページ担当(鶴田)から

柴田さんですが『私がアルビノについて調べて書いた本』(矢吹康夫著・生活書院/2017年)で紹介されています(219~226頁)。実は矢吹さんとは私も以前からの知り合いで(狭い世界です)、この本も読もうと思っていたのに読まずにきたのでした。

この機会にと思って読み直しているのですが面白いです。ほぼほぼヤンキーのように、ジロジロ珍しそうに見る子どもを見つけたら追いかけていって威嚇していた中学生が、大学で演劇にハマって中退し、その後、障害学と出会い、大学に入り直し、結果として研究者になったという著者。従来、おそらくほとんど語られてこなかったタイプの当事者による本ではないかと、まだ読み終わっていない私は思うのでした。

P.S.柴田さんへ
すでに気づいていると思うのですが、就労支援の仕事のかなりの部分は「ケースワーク」と呼ばれる領域の仕事だと思うのです。