能登支援報告②

JDF能登支援に参加して

私はJDFの能登支援活動に2回参加させていただきました。

1回目は2024年7月です。被災地で支援活動を行うのは初めてで、「自分に何ができるのか」という不安もありました。しかし現地では不安を抱えている暇もなく、障害のある方の自宅の片づけや、障害のある子どもの送迎(自宅や待ち合わせ場所⇔事業所間)を行いました。震災から半年以上が経っていましたが、道路沿いには倒壊した家屋が並び、輪島の朝市は火災の跡が手つかずのままで、その光景に衝撃を受けました。現地に行かなければ、復興が思うように進んでいない現状を知らないままだったと思います。無知でいた自分が恥ずかしく感じられました。

利用者さんが描いてくれた似顔絵
倒壊家屋
輪島朝市

2回目は2025年12月で、送迎と事業所支援が中心でした。私が入った事業所は2か所で、『一互一笑』では利用者さんの見守りを、『やなぎだハウス』では利用者さんと一緒に作業を行いました。どちらの事業所も職員が不足しており、職員の方々自身も被災されているにもかかわらず、利用者さんのために懸命に動き回る姿に、同じ仕事に携わる者として、頭が下がる思いでした。

やなぎだ自主製品

JDFの活動拠点である和倉温泉周辺では、旅館の解体工事がようやく始まっていました。「まだ壊されていなかったのか…」というのが正直な感想で、震災当時のまま残っている場所も多くありました。輪島の朝市は、市内のスーパーの一角で再開されていました。

和倉温泉付近
和倉温泉付近
輪島朝市

倒壊した家屋は公費解体が進み更地になっていましたが、2024年9月の豪雨被害も重なり、屋根にブルーシートがかかった家屋や、土砂崩れで山肌がむき出しになっている場所も見られました。東北(東日本大震災)では半年で更地になったと聞きましたが、能登では震災と豪雨が重なったことで、復興が進んでいるとはいえ「まだまだ」という印象を受け、複雑な気持ちになりました。

山肌

さらに、支援に入った2日間は雪でした。東京であれば交通機関が止まるほどの雪でしたが、能登の方にとっては「序の口」だそうで、私が「雪がすごいですね。大丈夫ですか?」と声をかけると、「そんなに驚くことはないよ」と笑われました。これから本格的な冬を迎える能登では、雪も復興を遅らせる要因の一つになるだろうと感じました。

能登雪

支援活動では多くの方々と関わり、さまざまなお話を伺いました。ご年配の聴覚障害のご兄弟の送迎支援に入った際、弟さんが倒壊した自宅付近を通りながら、「今は兄弟で仮設に住んでいる。家は潰れてしまい建て直すことはできない。お金がないから。本当は直したい。とても悲しい」と手話で話してくれました。その思いを想像すると胸が締めつけられ、「つらいですね」と答えるのが精一杯でした。それでも、手話でいろいろな話を交わす中で、「楽しかった」と笑顔を見せてくださり、少しでも心が軽くなったのなら嬉しく思いました。

私が見て知り得た能登の状況は、あくまで一部にすぎません。その限られた情報を誤解なく伝える難しさを感じながら原稿を書きましたが、少しでも皆様に届いていれば幸いです。
また、この経験を自分の中にしっかり刻み、これからも真摯に励んでいきたいと考えています。

最後に、JDFとの調整に尽力してくださった法人本部の星部長、そして忙しい中「いってらっしゃい!」と温かく送り出してくれた職場の皆さんに、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

(M.S.)