福祉工場で働くということ。障害者が/障害者と #3「因果応報」

担当:荒井隆浩
製造部制作係(DTP担当)(大田区高次脳機能障害当事者会「楽花(らっか)」代表)2018年7月入社

前回の記事はこちら
福祉工場で働くということ。障害者が/障害者と #2「未来への送りバント」


『長くなっちゃったんで続きはまた。』
前回そんな終わり方をしてしまったもんだから、じゃあ次も書けと言われて書くことになりました。初っ端から2連投。ゔー…

じゃあ今回は少し僕の話から。
高校をスレスレで卒業(あっぶね)した後、僕はインテリアデザインの専門学校に入りました。そこを出た後、とある内装デザインの会社に就職します。
『デザイン』という言葉を使ってはいますが、この会社。表向きは主に内装を手掛ける会社でしたが、自由な発想で物を作る創造集団でも有り、フジロックのステージ間の飾り付けなんかもやったり、イベントでお店出したり。
社長のお父さんが、名前出したらぶっ飛ぶ様な日本が誇る芸術家だった事もあり、『デザイン』と『アート』の違いをこの頃よく考えました。
学習して身に付けるのが(右脳)デザインスキルで、元々個人が内に秘めてる感覚的な物が(左脳)アートスキルなのかなーとか。
アートという世界に凄く惹かれる部分もありましたけど、デザインという名の付く仕事でしたから、個人的な芸術『アート』を爆発させる事とクライアントを納得させる万人ウケする『デザイン』にはきっと違いがあるんですよね。でももしその掛け合わせが作れたら、面白い物が出来るんじゃないかなー。なんて漠然と考えてました。
良い部分も悪い部分も引っ括めた双方の歩み寄りの産物。相乗効果って良い所だけじゃなくて、悪い所も引っ括めた所に産まれると思うんです。悪い部分ばかり粗探しし出すといくらでも有りますよ、そりゃ。完璧なんて物は無いですから。だから面白いのに。(意味深)
それに、良い事ばっかでも片方だけじゃバランスが偏る。驕りが出る。見栄とか、プライドとか、邪魔しだす。下手な『常識』に流されてると後で辻褄合わなくなるぞー。って。天網恢恢疎にして漏らさず。因果応報。

だからこそお互い素直にぜーんぶさらけ出してれば、後で待ってるのは濁りの無い真っ直ぐな綺麗な世界だと思うんです。まわり道でもね。未来への送りバント。コツン。って、あれ?なんの話しでしたっけ?笑

もとい。

ある時、働いてた内装会社の社長の口癖だった「現場を知らないやつが作るものが嫌い」という言葉を受けて現場修行に出ました。
荷揚屋で身体作って、鍛冶屋で鉄覚えて、大工で…、と大工をやってる時に現場に向かう途中で交通事故に会い高次脳機能障害になる訳ですが…。
この『高次脳機能障害』がなかなかやっかいな障害でして。見た目じゃわからないんですね。

じゃあここで皆さん、心に手を置いて下さい。

…。

どこそこ?

心って胸ではなく、実は頭の中、脳内にあるんですよ。 (小声)
何が言いたいかって、足を動かす指令を出す脳にダメージがあると足が動かなくなって車椅子に乗ったりするように、人間の『心』を司る脳にダメージを受けると心がうまく動かせなくなるんですね。 心椅子ってないの?
まあ、脳の何処にダメージを受けたか。右脳側(計算脳)だったり左脳側(芸術脳)だったり、はたまた前頭葉(感情脳)へのダメージだったのかで、出る症状も変わってくるんですけどね。
すごーく色々端折ってですけど、わかりやすい例えをするとボクサーが成る『パンチドランカー』あれの正式名称が高次脳機能障害なんです。
ボッコンボッコン(制作課流行語)脳にダメージを受ける職業。ボクサー。
あの人達ボクサーも見た目普通でしょ?でもしゃべるとあれ?ちょっちゅ言動おかしくねっちゅ?つって。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…
同じ様に僕サー、障害者に見られる事は一切ないんです。でもこの脳で仕事して、世間様と日々生活するなんて凄く大変ですけど、わかってもらう事は皆無ですから。僕の元々の身なり等も相まって、全然普通。なんも困ってないでしょ。てか人生なめて生きてるでしょ。って思われるんです。『普通』にね。

そんな僕が紆余曲折あって今、福祉工場で働かせてもらってる訳ですが、ここ福祉工場は障害者が居る事が『普通』の会社ですからね。世間の『普通』じゃ理解されない事が『普通』ですから。働きやすいです。楽しいし。勉強になる。
だからここ福祉工場で事故後の僕の脳がどんな風になって行くのか恐る恐る楽しみながら働かせてもらってます。
『普通』からはみ出して、世間から抜け落ちた僕らの受け皿であり続けて欲しいと、そう思います。
いつかそんな『普通』が世間と差異のない『普通』になると良いなー。と漠然と思います。
大切なのは歩み寄りです。歩み寄り。